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熊本地方裁判所 昭和44年(ワ)89号 判決

原告 平野正明

〈ほか六名〉

右原告七名訴訟代理人弁護士 楠本昇三

被告 福島日出勝

〈ほか一名〉

右被告二名訴訟代理人弁護士 藤平国数

被告 熊本市

右代表者市長 石坂繁

右訴訟代理人弁護士 本田正敏

右訴訟復代理人弁護士 鶴田駿

主文

被告人らは連帯して、原告平野アキ子に対し、金八一万円およびうち金六〇万円に対する昭和四三年一月一六日から、うち金一〇万円に対する昭和四四年一月二七日から、うち金一一万円に対する昭和四五年三月二一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各金二五万円および右各金員に対する昭和四三年一月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

その余の原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その一を被告らの各負担とする。

この判決第一項は、いずれの原告に対しても、原告平野アキ子において金二〇万円、その余の原告らにおいて各金六万円の担保を供するときは、いずれも仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは連帯して、原告平野アキ子に対し金二〇〇万円、その余の原告らに対し各金五〇万円および右各金員に対する昭和四三年一月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  原告平野アキ子の夫であり、その余の原告らの父である訴外平野光男は、昭和四三年一月一六日午後三時四〇分ごろ左記交通事故に会い間もなく死亡するに至った。

一、場所 熊本市島崎町宮内一六六番地附近三叉路

一、加害者 被告 福島日出勝

一、加害車 被告榊谷建設株式会社所有普通貨物自動車

一、事故の態様 被告福島が前記車両にトレンチミートパイル鉄材三〇枚(一枚の長さ五米・幅二六糎・厚さ四粍・重さ六〇瓩)を運転席の屋根から後部荷台の枠に渡して斜めに積載しただけで、ロープで緊縛する等積荷の転落を防止するための必要な措置をとらないまま、自動車の積荷の両側荷台に前記平野光男ほか一名を乗車させて、荒尾方面から段山方面へ向け進行し、前日時ごろ前記場所にさしかかり、左折するとともに対向してくる大型貨物自動車と擦れ違おうとしてハンドルを左に切ったが、その折、同所左側にあったコンクリート製無蓋下水桝(直径約四七糎)に自車の左後車輪を落ち込ませたため、車体が左に傾斜し、右平野光男は路上に転落し、更にその上に前記パイルが落下し、その下敷となったもの。

一、死因 前記事故による肺挫傷、頭蓋底骨折

二  被告らの責任の根拠

(一)  被告福島

積荷を緊縛しないまま前記自動車を運行した過失

前記無蓋下水桝は、八米前方から発見できるのに、無事通過しうるものと軽信して漫然運転し、その下水桝に後車輪を転落させた過失

右により民法第七〇九条の責任

(二)  被告榊谷建設

前記自動車の保有者として、自賠法第三条の責任

(三)  被告熊本市

前記無蓋下水桝は、被告市の管理にかかる道路上に存在しているものであるところ、被告市は、右下水桝が無蓋となっていることを熟知しながら、長期間に亘ってこれを放置し、なんら適当な修復ないしは危険防止の処置を施さなかったため本件事故が起きたものであり、このように無蓋下水桝を放置したことは、道路管理者としての善管義務に違反するものであって、被告市は国家賠償法第二条第一項によってその賠償の責任がある。

三  損害額

(一)  前記平野光男の受けた損害

(イ)  逸失利益 金一九七万六、四〇〇円

同人は当時五〇才の健康な男子で日雇として一日金一、〇〇〇円をえていた。

従って、一ヶ月平均二五日稼働するとして、一ヶ月金二万五、〇〇〇円一ヶ年三〇万円の収入をうることになり、同人の生活費等に一ヶ月約金一万円一ヶ年金一二万円を要するので、差引き一ヶ年の純収益は金一八万円となる。

五〇才の男子の平均余命は二三、五七年であるところ、日雇としては六五才まで十分稼働できるので、同人は今後一五年間は稼働できたであろうから、これをホフマン式で計算すると、同人の逸失利益の現価額は金一九七万六、四〇〇円となる。

(ロ)  慰謝料 金一一〇万円

同人は五〇才の働き盛りで、妻子を残し、一瞬のうちに不慮の事故にあって死亡したのであるから、その慰謝料は金一一〇万円をもって相当とする。

(イ)(ロ)の合計金三〇七万六、四〇〇円

(二)  原告らの慰謝料

原告平野アキ子は六人の子供まで儲けた最愛の夫を、その余の原告らは敬愛する父を看護する機会のないまま一瞬のうちに失ったのであるから、その慰謝料額は原告平野アキ子については金一五〇万円、その余の原告らについては金五〇万円をもって相当とする。

(三)  原告平野アキ子の出捐

弁護士費用 金五〇万円

原告平野アキ子は、その余の原告らを代理し、本訴の提起を弁護士楠本昇三に委任したが、その着手金は金一〇万円であり、成功報酬は一割である。

右は本件事故の責任について、被告らがその責任を相互になすりつけ、訴の提起を弁護士に委任するのやむなき状況に立入らしめたものであって、本件事故と因果関係のある損害である。

四  原告らは、前記三の(一)の亡光男の損害賠償請求権を法定相続分に応じて相続するのであるが、一方、責任保険により金三〇〇万円の給付を受けたので、これを右相続した損害賠償債権に充当し、その残額については本訴において請求しないこととし、前記三の(二)の各慰謝料およびこれに対する不法行為の日の昭和四三年一月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告平野アキ子は前記三の(三)の損害金五〇万円およびこれに対する同日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

被告福島、同榊谷建設訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

請求原因一項は、原告ら主張の日時場所において訴外平野光男が被告会社保有の被告福島運転の貨物自動車荷台から落ちて死亡した事実は認めるが、事故に関するその余の事実は争う。右光男と原告らの身分関係は不知。

同二項は(一)(二)は争うが(三)は認める。

同三項は全部不知。

同四項は責任保険金三〇〇万円給付の事実のみ認めその余の主張は争う。

と答え、抗弁として、

一  本件事故につき、被告会社保有の車両には構造上の欠陥も機能上の障害もなく、また運転につき注意を怠らなかったものであるから、右被告両名には全く責任がない。

本件は、原告が請求原因二項(三)で主張するとおり、専ら被告熊本市の過失に基づくもので、その全責任は被告熊本市が負うべきものである。

二  かりに被告福島に過失があったとしても、亡平野光男にも過失がありその程度も大きいと考えられるので過失相殺を主張する。すなわち、原告ら主張のような事実関係のもとで本件事故が発生したとすれば、被告福島運転の自動車に乗っていた亡光男には、鉄材をロープで緊縛し落ちないようにする義務があったはずであり、またどんな場合にも荷台から落ちないよう万全の注意を払うべきに、これを怠った重大な過失がある。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

被告熊本市訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

請求原因一項は、訴外亡平野光男と原告らの身分関係、同訴外人の死亡の事実、交通事故の日時場所、加害者、加害車両および同訴外人の死因は認めるが、右事故の態様については、同訴外人が路上に転落したことは認めるが、下水桝が無蓋であったことは否認、被告福島運転の自動車の左後車輪が下水桝に落ち込んだこと、右自動車の傾斜が左右のいずれであったか、またパイル落下の原因は不知。右下水桝には、厚さ九糎の鉄筋コンクリート製の蓋が設置されていたもので、このことは、事故発生の日の前々日熊本市吏員により確認されているものである。同二項は、(一)は被告福島がその運転する自動車後車輪を下水桝に落ち込ませた点をのぞき認める。(二)は認める。(三)は本件下水桝が被告市の管理にかかる道路上に存し、その管理につき被告熊本市が道路管理者として善管注意義務を有することは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故は、トレンチミートパイル鉄材を車体に緊縛しなかった被告福島の過失と――緊縛しなかったことには、前記亡平野光男にも過失がある。――乗車を禁ぜられている荷台に、しかも積荷の両側に立って乗車した過失が原因である。

同三項は全部不知。

同四項は責任保険金三〇〇万円給付の事実のみ認めその余の主張は争う。

と答え(た。)

立証≪省略≫

理由

一  訴外亡平野光男が原告平野アキ子の夫であり、その余の原告らの父であったことは、≪証拠省略≫により認められるところであり、右平野光男が昭和四三年一月一六日午後三時四〇分ごろ熊本市島崎町宮内一六六番地附近三叉路において被告福島運転の被告榊谷建設所有の普通貨物自動車から路上に転落し肺挫傷、頭蓋底骨折により死亡したことは当事者間に争いがなく、その事故の態様が原告主張の事故の態様のとおりであること(ただし下水桝の蓋は本件事故前から下水桝の中に折れ込んでその用をなさない状態であった。)は、≪証拠省略≫により認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二  本件事故が原告ら主張どおりの被告福島の過失に基づくものであることは前顕各証拠により明らかであり、同被告が民法第七〇九条により、被告榊谷建設が自賠法第三条により責任を負わねばならないことも明らかである。

而して、被告熊本市については、本件下水桝が同被告管理にかかる道路上に設置されたものであって、同被告の管理にかかるものであることは当事者間に争いがなく、本件下水桝の蓋が本件事故前既に破損していたことは前示認定のとおりであり、その破損につき本件事故の一ヶ月位前からその地の住民より苦情がでていたものであることが≪証拠省略≫により認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

そうだとすると、被告熊本市は、本件下水桝の管理につき瑕疵があるものというべく、国家賠償法第二条第一項により本件事故につきその損害を賠償する義務を負うものといわねばならない。

三  被告らは、本件事故における被害者亡平野光男の過失を云々するけれども、同訴外人にも過失がないとはいえないが、それは過失相殺をすべき程の過失とは認め難い。

四  そこで原告らの被った損害について考える。

(一)  ≪証拠省略≫によると、前記平野光男は、元来山仕事や土工に従事し、死亡当時、五〇才の男子であって、被告榊谷建設に土工として稼働し、一日金一、三〇〇円ないし金一、四〇〇円の賃金をえていたこと、事故数年前肝臓を悪るくしたことがあったが事故当時健康体であったこと等が認められ、叙上認定の事実に諸般の事情を合せ考えると、本件事故により被った同訴外人の逸失利益およびこれによる慰謝料が原告ら主張の額を下らないであろうことが推認でき、本件にあらわれたすべての事情を考慮すると、本件事故による原告らの慰謝料は原告平野アキ子において金六〇万円その余の原告らにおいて各金二五万円と認めるのを相当と解する。

(二)  而して、原告平野アキ子がその余の原告らを代理し、原告ら主張の事情から本件訴訟を弁護士楠本昇三に委任することを余儀なくされ、その着手金として金一〇万円を遅くとも本訴提起までに支払い、成功報酬として認容額の一割を第一審判決言渡時に支払う旨約したことは、≪証拠省略≫により認められるところであり、右約定の弁護士費用計金二七万円のうち金二一万円は本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認められるので、被告らはこれが賠償の責を負うものといわねばならない。

そうだとすると、被告らは連帯して、原告平野アキ子に対し、前示認定の四の(一)の慰謝料金六〇万円およびこれに対する本件不法行為の日である昭和四三年一月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、前示認定の四の(二)の弁護士費用金二一万円およびうち着手金一〇万円については本訴提起の日である昭和四四年一月二七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金のうち金一一万円については本件判決言渡日の翌日である昭和四五年三月二一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らに対し、前示認定の四の(一)の慰謝料各金二五万円およびこれに対する本件不法行為の日である昭和四三年一月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

五  されば、原告らの本訴請求は、右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 美山和義)

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